大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)113号 判決

アメリカ合衆国

デラウエア 19801 ウィルミントン 9ス アンド マーケット ストリーツ(番地なし)

デラウエア トラスト ビルディング

原告

ブリード オートモティブ テクノロジィ インク

同代表者

チャールズ ジェイ.スペランツエラ ジェイアール.

同訴訟代理人弁理士

志賀正武

渡辺隆

成瀬重雄

青山正和

鈴木三義

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

蓑輪安夫

幸長保次郎

大屋晴男

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第8158号事件について平成6年11月11日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外ブリード コーポレーションは、1984年2月15日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和60年2月15日、名称を「低バイアスセンサ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和60年特許願第28122号)をした。原告は、1988年11月3日同訴外会社から本願発明につき特許を受ける権利の譲渡を受け、平成2年1月5日その旨を特許庁長官に届け出たが、平成4年12月24日拒絶査定を受けたので、平成5年4月26日審判の請求をし、平成5年審判第8158号事件として審理された結果、平成6年11月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成7年1月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「第1発明」という。)の要旨

車両の衝突時の非破壊領域に取付けられると共に、電力を用いないで、発火要素を発火させる低バイアスセンサにおいて、移動自在の感知重りと、回転軸と、前記重りの移動を前記回転軸の回転に変換する変換手段と、雷管と、収縮位置に維持させるために前記回転軸に操作的に接続されるバネ付勢の着火ピンと、前記感知重りを所定方向に付勢する比較的低Gの付勢手段と、前記着火ピンを解放して前記雷管と衝突させるために前記回転軸が十分な回転をするまでに前記重りを所定距離移動するようにした手段とを含む感知手段配列を備えた低バイアスセンサ。

(2)  特許請求の範囲第12項記載の発明(以下「第2発明」という。)の要旨

非破壊領域に取り付けられ、バネ付勢の感知重りを有する膨張性空気バッグ拘束システム用の機械式センサであって、加速に応答する感知重りと、前記感知重りを付勢し、前記感知重りが7Gより小さい所定レベル以上の加速度で付勢力に対抗して移動しうる付勢手段と、前記感知重りの所定の移動に応答する着火手段と、前記着火手段で起動されて、前記空気バッグを膨張させる雷管とを備えた機械式センサ。

(3)  特許請求の範囲第13項記載の発明(以下「第3発明」という。)の要旨

乗客区画に取り付けられるセンサであって、センサのために低バイアスを形成する手段と、前記センサを速度変化に応答させる手段と、所定以上のバイアスレベルが所定時間持続することを要求する手段とを備えたセンサ。

3  審決の理由

審決の理由は別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、第1発明、第2発明、第3発明は、本願出願前日本国内において頒布された特公昭57-7939号公報(引用例1)及び特開昭53-78536号公報(引用例2)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、としたものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由Ⅱは認める。同Ⅲのうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Aについての判断は認めるが、その余は争う。同Ⅳのうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Cについての判断は認めるが、その余は争う。同Ⅴのうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Eについての判断は認めるが、その余は争う。同Ⅵは争う。

審決は、相違点B及び第1発明の作用効果についての判断を誤って、第1発明の進歩性の判断を誤り(取消事由1)、相違点D及び第2発明の作用効果についての判断を誤って、第2発明の進歩性の判断を誤り(取消事由2)、相違点F及び第3発明の作用効果についての判断を誤って、第3発明の進歩性の判断を誤った(取消事由3)ものである。

(1)  取消事由1

〈1〉 第1発明は、「感知重りを所定方向に付勢する比較的低Gの付勢手段」を必須とするものであるところ、付勢手段が「低G」であることは、引用例1には記載も示唆もされていない。

この点につき、審決は、特開昭57-813号公報(甲第6号証)及び特公昭52-13104号公報(甲第7号証)を周知の事項を裏付けるものとして挙示しているが、甲第6号証には、磁気センサに関する技術が開示されているにすぎず、しかも「低G」という認識は示されていない。また、甲第7号証には、単なる加速度感知器に関する技術が開示されているにすぎず、「低G」の示唆も存在しない。

したがって、相違点Bについて、「感知重りを付勢する付勢手段の付勢力を低バイアスとし、比較的低Gで感知重りが移動するようにしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。」とした審決の判断は誤りである。

〈2〉 第1発明は、「非破壊領域」に「低Gの低バイアスセンサ」を設けた点に特徴があるのであって、このような技術思想から、次のような作用効果を有する。

ⅰ)センサの取付位置を非破壊領域としたのは、エアバッグを起動するためのセンサは、乗客が存在する領域に設けるべきだという設計思想に基づいている。特に最近の車両設計においては、車両の前部で衝突の衝撃を吸収し、衝撃を乗客区画に及ぼさないようになされているから、非破壊領域にセンサを取り付けることが最適である。

ⅱ)しかし、車両の前部で衝撃が吸収されるから、非破壊領域にセンサを取り付けると、乗客がけがをするような場合でも、センサが機能しないおそれがある。そこで、第1発明は、センサを低Gで動作する低バイアスセンサとしたのである。つまり、第1発明は、センサを車両の非破壊領域に設け、しかも低Gで動作する低バイアスセンサとしたことによって、乗客の安全を確保することができるのであるが、そのような技術思想はいずれの引用例にも開示されていない。

ⅲ)また、第1発明は、「着火ピンを解放して雷管と衝突させるために回転軸が十分な回転をするまでに前記重りを所定距離移動する」構成を有しているので、エアバッグの動作が必要でないような場合には誤動作することはない。

したがって、「第1発明によって得られる効果は、引用例1、2及び前記本願出願前周知の事項より当業者が容易に予測することができる程度のものである。」とした審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2

第1発明の「低G」に相当する表現として、第2発明では「7Gより小さい所定レベル以上の加速度」となってはいるものの、第2発明は、第1発明の基本的特徴と同じであり、相違点Dは相違点Bに相当するから、上記(1)で述べたこと(但し、「低G」は「7G以下」と読みかえるとともに、ⅲ)の主張は除く。)は、相違点Dの判断及び第2発明の作用効果の判断に対しても妥当する。

したがって、相違点Dについて、「付勢手段の付勢力を、感知重りが7Gより小さい所定レベル以上の加速度で移動しうるようにしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。」とした審決の判断は誤りである。また、「第2発明によって得られる効果は、引用例1、2及び前記本願出願前周知の事項より当業者が容易に予測することができる程度のものである。」とした判断も誤りである。

(3)  取消事由3

〈1〉 第3発明は、「センサのために低バイアスを形成する手段」を必須とするものであるところ、低バイアスであることは、引用例1には記載も示唆もされていない。この点につき、審決は何らの根拠も示さずして「技術常識」であると即断している点において誤りである。

したがって、相違点Fについて、「センサのためにバイアスを形成する手段のバイアスの大きさを低バイアスとしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。」とした審決の判断は誤りである。

〈2〉 第3発明は、「乗客区域」に「低バイアス」を設けた点に特徴があるのであって、このような技術思想から、(1)ⅰ)、ⅱ)で述べたと同様の作用効果を有する。すなわち、第3発明は、センサを車両の乗客区画に設け、しかもセンサを低バイアスとしたことによって、乗客の安全を確保することができるのであるが、そのような技術思想はいずれの引用例にも開示されていない。

したがって、「第3発明によって得られる効果は、引用例1、2に記載されたものから当業者が容易に予測することができる程度のものである。」とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 本願明細書の発明の詳細な説明に「かなり低バイアス、4Gおよび7G以下が予想される。」(甲第2号証4頁左下欄14行、15行)と記載され、第1発明の実施の態様を記載した請求項10項には「付勢手段のバイアスは6G以下である」、請求項11項には「付勢手段の最大バイアスは約4Gである」と記載されていることからすると、第1発明の「比較的低G」は「7G以下」のものを意味するものと認められる。

ところで、甲第6号証には、「乗物のブレーキ動作だけでは乗客制限手段の展開を必要としないであろう。したがって、制限装置を作動させるために使用される速度変化センサは、該センサが受ける加速がブレーキ動作から得られる最大値よりも幾分多くなるまで作動を開始しないよう構成されたものでなければならない。」(3頁左上欄9行ないし15行)、「一般にブレーキ加速は1Gを決して超えないものと考えられている。他方、2.4Gsの定加速においては、典型的な大型乗物の前部座席の乗客は、24インチの移動の後に、時速12マイルの相対速度で乗物の構造部分に衝突するであろう。したがって、このような乗物のための衝突センサに対する初期偏倚は、約2.4Gsよりも大きくないことが望ましい。」(同頁右上欄1行ないし9行)と記載され、甲第7号証には、「各バネ座は振動質量即ち重錘50が各境界バネの付勢に打ち勝って軸方向に動き始める前に2~3Gの瞬動を受けることになる。重錘50、嵌合距離および境界バネの力は、短い時間々隔の間の重力荷重が軸方向の何れかの向きにおいて所定値とならないかぎりボール62が釈放されないように、所望に応じて設定できる。」(5欄42行ないし6欄4行)と記載されているが、このような付勢手段についての甲第6号証の「約2.4Gsよりも大きくないことが望ましい」、甲第7号証の「境界バネの付勢に打ち勝って軸方向に動き始める前に2~3Gの瞬動を受けることになる」との記載は、付勢力を「7G以下」とすることを示しており、甲第6号証、甲第7号証には付勢手段を「低G」とする技術思想が存在するものであるから、原告の主張は失当である。

〈2〉 エアバッグを起動するためのセンサを乗客区画に取り付けること、センサを乗客区画に取り付けたとき衝突時の衝撃が車両に吸収されて弱められることは、本願出願前周知の事項であり、このような周知の事実から、エアバッグを起動するためのセンサを乗客区画に取り付ける場合、センサのバイアスを低バイアスとするのが通常であり、このようなことは本願出願前に周知の事項である。このような本願出願前の技術背景を考慮すれば、引用例2に記載された発明のセンサも乗客区画に取り付けられるセンサであり、衝突時の衝撃が車両に吸収されて弱められるものであるから、当然にバイアスは低バイアスとなっているものといえる。

第1発明は、引用例1に記載された構成のセンサを引用例2に記載されたように乗客区画に取り付けるセンサとし、その際に当然採用されるべき事項であり、また引用例2のセンサも有する「低バイアス」という事項をそのまま採用したものにすきず、作用効果も引用例1及び引用例2に記載された事項から予測し得る程度のものである。

なお、引用例1記載のものも、第1発明同様、エアバッグの動作が必要でないような場合に誤動作することはないという効果を有することは明らかである。

(2)  取消事由2について

第2発明は、引用例1に記載された構成のセンサを引用例2に記載されたように乗客区画に取り付けるセンサとし、その際に当然採用されるべき事項であり、また引用例2のセンサも有する「7Gより小さい所定レベル」という事項をそのまま採用したものにすきず、作用効果も引用例1及び引用例2に記載された事項から予測し得る程度のものである。

(3)  取消事由3について

仮に、第3発明のセンサがエアバッグを起動するためのものであるとしても、前記(1)で述べたとおり、引用例2に記載された発明のセンサも乗客区画に取り付けられるセンサであり、衝突時の衝撃が車両に吸収されて弱められるものであるから、当然にバイアスは低バイアスとなっているものといえる。

したがって、第3発明は、引用例1に記載された構成のセンサを引用例2に記載されたように乗客区画に取り付けるセンサとしたものにすきず、また、作用効果も引用例1及び引用例2に記載されたものから予測し得るものである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(第1ないし第3発明の要旨)、3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由Ⅱ(引用例1及び2の記載事項)、同Ⅲ(第1発明と引用例1に記載されたものとの対比・検討)のうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Aの判断、同Ⅳ(第2発明と引用例1に記載されたものとの対比・検討)のうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Cの判断、同Ⅴ(第3発明と引用例1に記載されたものとの対比・検討)のうち、一致点及び相違点の認定、並びに相違点Eの判断についても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  まず、第1発明の構成中、相違点Bに係る「比較的低Gの付勢手段」の意味について検討する。

本願明細書の発明の詳細な説明中の「乗客保護装置は、車両に対して乗り手の移動が時速12マイル以上の速度になった事故に必要であることが認識された。従って、乗り手が時速約12マイル以上の速度で車両内部のある部分に衝突することから認識されるセンサが要求される。」(甲第2号証2頁右上欄18行ないし左下欄2行)との記載によれば、センサは、「車両に対して乗り手の移動が時速12マイル以上の速度になった事故」を検知できるものでなければならないのであるから、第1発明における「比較的低Gの付勢手段」の「比較的低G」は、実質的には、センサを非破壊領域(乗客区画)に配置した状態において、乗客の安全を確保するのに必要な程度の付勢手段のバイアス力の基準を表すものとして用いられているものと解される。

そこで、甲第6号証、甲第7号証において、付勢手段が上記のような意味内容の「低G」であることが記載ないし示唆されているか否かについて検討する。

甲第6号証記載の発明は、「特に、膨張可能な空気袋のような乗客制限手段をそなえた自動乗物に使用するための種類の速度変化センサに関し、このセンサは制限手段の作動を開始し且つ乗物の乗客のための保護を行なうよう所定の大きさおよび時間の乗物の速度変化に応答できるものである。」(2頁左上欄15行ないし右上欄1行)が、同号証には、「本発明にしたがって構成されたセンサは、・・・加速感知マスを有し、・・・自動乗物の乗客は、乗物が衝突を生じ、また乗客が約時速12マイルまたはそれ以上の速度でダッシュボードまたはウインドシールのような乗物の構造部材に衝突するような十分に速い速度で減速されたならば、傷付けられてしまうことが一般的に認められている。乗客をこれらの条件の下で保護するためには、乗物の速度変化は、乗客の負傷を生じるような状況の存在を予見し、また時速12マイルまたはそれ以上の速度で乗客が乗物の構造部分に衝突するのを阻止するのに十分な時間で乗客保護装置の展開を開始するような態様で感知する必要がある。・・・従って、受容可能な衝突センサは、乗客の方が要求される加速パルスと要求されない加速パルスとの間の区別を行うことができるようなものである。」(2頁右上欄2行ないし左下欄16行)、「制限装置を作動させるために使用される速度変化センサは、該センサが受ける加速がブレーキ動作から得られる最大値よりも幾分多くなるまで作動を開始しないよう構成されたものでなければならない。」(3頁左上欄11行ないし15行)、「一般にブレーキ加速は1Gを決して超えないものと考えられている。他方、2.4Gsの定加速においては、典型的な大型乗物の前部座席の乗客は、24インチの移動の後に、時速12マイルの相対速度で乗物の構造部分に衝突するであろう。したがって、このような乗物のための衝突センサに対する初期偏倚は、約2.4Gsよりも大きくないことが望ましい。」(3頁右上欄1行ないし9行」、「小型乗物のいくつかにおいては、前部座席の乗客と乗物のダッシュボードまたはウインドシールドとの間の距離は、24インチよりも小さい。このような乗物において使用するよう意図されたセンサは高い初期偏倚力を利用するが、5Gsの偏倚力を超える必要があるとは認められていない。」(3頁右上欄18行ないし左下欄4行)、「本発明にしたがって構成されたセンサにおいては、磁石33の強さ、感知マス18の重量および磁気透過性、並びにマスが最初の位置にある時のマスと磁石との間の距離は磁石によりマスに対して加えられる吸引力が約5Gsよりも大きくない値、好ましくは約2Gsになるようにつり合わせなければならない。」(4頁右下欄14行ないし5頁左上欄1行)と記載されていることが認められる。また、甲第7号証記載の発明は「加速度感知器」に係るものであるが、同号証には、「各バネは各バネ座68および70に十分な力をかけており、各バネ座は振動質量即ち重錘50が各境界バネの付勢に打ち勝って軸方向に動き始める前に2~3Gの瞬動を受けることになる。重錘50、嵌合距離および境界バネの力は、短い時間々隔の間の重力荷重が軸方向の何れかの向きにおいて所定値とならないかぎりボール62が釈放されないように、所望に応じて設定できる。」(5欄40行ないし6欄4行)と記載されていることが認められる。甲第6号証及び甲第7号証の上記各記載によれば、センサの付勢手段のバイアス力は、乗客の安全を確保する観点から、その値を適宜選択するものであることが従来から普通に知られていたものと認められ、その意味で、上記甲各号証には、付勢手段を「低G」にすることが認識あるいは示唆されているものと認められる。

原告は、甲第6号証及び甲第7号証には、「低G」の認識あるいは示唆は存在しない旨主張するが、採用できない。

ちなみに、第1発明の実施の態様を記載した請求項10項には「前記付勢手段のバイアスは6G以下である」、請求項11項には「前記付勢手段の最大バイアスは4G以下である」と記載され、本願明細書の発明の詳細な説明には、「かなり低バイアス、4Gおよび7G以下が予想される。」(甲第2号証4頁左下欄14行、15行)と記載されていることから、第1発明にいう「低G」が「7G以下」のものを意味するものであるとしても、上記認定のとおり、甲第6号証及び甲第7号証には、バイアスの値を「7G以下」にすることが示されている。

したがって、相違点Bについて、第1発明が感知重りを付勢する付勢手段の付勢力を低バイアスとし、比較的低Gで感知重りが移動するようにしたことは、当業者が容易に想到し得たものである、とした審決の判断に誤りはない。

〈2〉  原告は、第1発明は、センサを車両の非破壊領域に設け、しかも低Gで動作する低バイアスセンサとしたことによって、乗客の安全を確保することができるのであるが、そのような技術思想はいずれの引用例にも開示されていない旨主張する。

しかし、引用例1には、センサの取付位置について記載されていないが、センサを車両の非破壊領域に取り付けることは当業者が容易に想到し得たものであり(当事者間に争いのない相違点Aの判断)、その場合に、乗客の安全を確保できるように低Gで動作する低バイアスセンサとすることも何ら格別のものとはいえず、また、引用例2の車両の非破壊領域に取り付けられたセンサ(この点は当事者間に争いがない。)も、車両の衝突時の乗客の安全を確保する目的から、その動作バイアスは当然低Gであると認められる。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、第1発明の格別の作用効果であるという趣旨で、第1発明ではエアバッグの動作が必要でない場合には誤動作することはない旨主張する。

しかし、当事者間に争いのない引用例1の記載事項によれば、引用例1記載のものは、「撃針50を解放して雷管60と衝突させるために検出アーム70Aが十分な回転をするまでに重錘40Aを規制アーム部75が解除凹部49に嵌入するまでの所定距離移動する」ものであり、引用例1には、「重錘40Aが衝突時に前方へ移動した場合、これが設定値以前である場合には規制アーム部75が解除凹部49に達せず、従って検出アーム70Aはこれ以前の状況下にける重錘40Aの移動では規制状態は解除されず、誤動作の虞れは一切無い。」(甲第4号証12欄23行ないし28行)と記載されているように、引用例1記載のものも、エアバッグの動作が必要でないような場合に誤動作することはないものと認められるから、第1発明の上記作用効果は格別のものではない。

したがって、第1発明の効果についての審決の判断に誤りはない。

〈3〉  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

付勢手段の付勢力について、不適切に大きな値が選択されれば乗客の十分な保護が得られないことは技術的に明らかであり、また、上記(1)〈1〉に認定のとおり、甲第6号証及び甲第7号証には、機械センサの加速応答手段のバイアスの値が7Gよりも小さく、かつ所定レベル以上のバイアスのものが記載されているから、相違点Dについての審決の判断に誤りはない。

また、原告主張の第2発明の効果も格別のものでないことは、上記(1)〈2〉に説示したところから明らかであって、第2発明の効果についての審決の判断に誤りはない。

したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の教示に共同する全センサ、特に減衰あるいは非減衰のバネ質量センサに関して、乗客区画内に配置されるので、かなり低バイアス、4Gおよび7G以下が予想される。」(4頁左下欄12行ないし15行)と記載されており、この記載によれば、第3発明における「センサのために低バイアスを形成する手段」の「低バイアス」の値は4Gあるいは7G以下であると解されるが、その実質的な意味内容は、上記(1)〈1〉で説示したと同様に、センサを乗客区画に取り付けた場合において、乗客の安全を確保するのに必要な程度のバイアスカの基準を表すものとして用いられているものと解される。

そして、上記(1)〈1〉で説示のとおり、センサの付勢手段のバイアスの値を、乗客の安全を確保する観点から適宜選択することは従来から普通に知られていたことであるから、バイアスの大きさを低バイアスとしたことは、当業者が容易に想到し得たものというべく、相違点Fについての審決の判断に誤りはない。

原告は、低バイアスであることは引用例1には記載も示唆もされておらず、何の根拠も示さないで「技術常識」であるとした点に誤りがある旨主張するが、審決は、相違点Fの判断をするについて、引用例1に上記事項が記載ないし示唆されているとしているわけではないし、また、審決が技術常識であるとして摘示する事項は、特に根拠を示すまでもなく技術常識に属する事項であることは明らかであるから、原告の主張は失当である。

また、原告主張の第3発明の効果も格別のものでないことは、上記(1)〈2〉に説示したところから明らかであって、第3発明の効果についての審決の判断に誤りはない。

したがって、原告主張の取消事由3は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成5年審判第8158号

審決

アメリカ合衆国 デラウェア 19801 ウィルミントン 9ス アンド マーケット ストリーツ デラウェア トラスト ビルディング (番地なし)

請求人 ブリード オートモティブ テクノロジィ インク

東京都新宿区高田馬場3丁目23番3号 ORビル 志賀国際特許事務所

代理人弁理士 志賀正武

昭和60年特許願第28122号「低バイアスセンサ」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年12月9日出願公開、特開昭60-248455)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 本願は、昭和60年2月15日(優先権主張1984年2月15日、アメリカ合衆国)の出願であって、その発明の要旨は、平成3年11月28日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの「低バイアスセンサ」、第12項に記載されたとおりの「機械式センサ」、第13項に記載されたとおりの「センサ」及び第14項に記載されたとおりの「機械式センサ」にあるものと認められるところ、その第1項、第12項及び第13項に記載された発明(それぞれ以下「第1発明」、「第2発明」、「第3発明」という)はそれぞれ次のとおりである。

第1発明

「車両の衝突時の非破壊領域に取付られると共に、電力を用いないで、発火要素を発火させる低バイアスセンサにおいて、移動自在の感知重りと、回転軸と、前記重りの移動を前記回転軸の回転に変換する変換手段と、雷管と、収縮位置に維持させるために前記回転軸に操作的に接続されるバネ付勢の着火ピンと、前記感知重りを所定方向に付勢する比較的低Gの付勢手段と、前記着火ピンを解放して前記雷管と衝突させるために前記回転軸が十分な回転をするまでに前記重りを所定距離移動するようにした手段とを含む感知手段配列を備えた低バイアスセンサ。」

第2発明

「非破壊領域に取り付けられ、バネ付勢の感知重りを有する膨張性空気バッグ拘束システム用の機械式センサであって、加速に応答する感知重りと、前記感知重りを付勢し、前記感知重りが7Gより小さい所定レベル以上の加速度で付勢力に対抗して移動しうる付勢手段と、前記感知重りの所定の移動に応答する着火手段と、前記着火手段で起動されて、前記空気バッグを膨張させる雷管とを備えた機械式センサ。」

第3発明

「乗客区画に取り付けられるセンサであって、センサのために低バイアスを形成する手段と、前記センサを速度変化に応答させる手段と、所定以上のバイアスレベルが所定時間持続することを要求する手段とを備えたセンサ。」

Ⅱ. これに対し、原査定の拒絶の理由に引用した特公昭57-7939号公報(昭和57年2月13日出願公告。以下引用例1という)には、

自動車の衝突事故時、雷管60を打撃してこれを発火し、この発火で雷管60と接続された導爆管61を点火し、導爆作用でガス発生器2を起動させ、エアーバッグ1にガスを充填して膨張させ、乗員の衝撃緩和作用を行うものにおいて、衝撃の大きさを検出して摺動する重錘40Aと、前記重錘40Aの移動時に検出部72Aが重錘40Aの後肩部43Aに衝接して支軸71A回りに回動させられる検出アーム70Aと、雷管60と、収縮位置に維持させるために前記検出アーム70Aにリンク機構80により操作的に接続されかつスプリング55でバネ付勢された撃針50と、前記重錘40Aを常時後方へ付勢するスプリング47を備えると共に、前記検出アーム70Aに規制アーム部75を形成し、この規制アーム部75が重錘40Aの外周に当接し、規制アーム部75が解除凹部49の前進でこれに嵌入したとき検出アーム70Aが回動可能となるようにしたエアバック装置の起動装置5、20

が記載されている。

また、原査定の拒絶の理由に同時に引用した特開昭53-78536号公報(昭和53年7月12日出願公開。以下引用例2という)には、

自動車のハンドル10のような車体の内側の支持部に取付られるエアバッグ式安全装置に、自動車の衝突時に気体発生源44に点火してエアバッグ34を作動させるため装置に接して車体の減速度の所定のレベルに応答する検出器46を配置する点

が記載されている。

Ⅲ. 第1発明と引用例1に記載されたものを対比すると、両者は、

車両(引用例1における自動車に相当。以下括弧内の記載は引用例1のものを指す。)の衝突時に、電力を用いないで、発火要素(ガス発生器2)を発火させるセンサ(起動装置5、20)において、移動自在の感知重り(重錘40A)と、回転軸(検出アーム70A)と、前記重り(重錘40A)の移動を前記回転軸(検出アーム70A)の回転に変換する変換手段(重錘40Aの後肩部43A及び検出部72A)と、雷管(雷管60)と、収縮位置に維持させるために前記回転軸(検出アーム70A)に操作的に接続されるバネ(スプリング55)付勢の着火ピン(撃針50)と、前記感知重り(重錘40A)を所定方向に付勢する付勢手段(スプリング47)と、前記着火ピン(撃針50)を解放して前記雷管(雷管60)と衝突させるために前記回転軸(検出アーム70A)が十分な回転をするまでに前記重り(重錘40A)を所定距離移動するようにした手段(重錘40Aの外周、解除凹部49及び規制アーム部75)とを含む感知手段配列を備えた点で一致し、

第1発明では、センサが車両の衝突時の非破壊領域に取り付けられるのに対して、引用例1にはセンサの取り付け位置については記載されていない点(以下相違点Aという)、

感知重りを付勢する付勢手段の付勢力が、第1発明では、低バイアスで、比較的低Gで感知重りが移動するのに対して、引用例1に記載されたものは、感知重り(重錘40A)が衝突時の衝撃の大きさを検出して移動する程度のものである点(以下相違点Bという)で、相違する。

そこでこれらの相違点について検討する。

相違点Aについて

引用例2の検出器46も第1発明のセンサと同様に車両の衝突時に発火要素(引用例2記載の気体発生源44)を点火させるものであり、また自動車のハンドルは自動車の衝突時の非破壊領域にあるものと認められるから、車両の衝突時に発火要素を発火させるセンサを車両の衝突時の非破壊領域に取り付ける点が引用例2に記載されているものと認められるので、センサを車両の衝突時の非破壊領域に取り付けることは当業者が容易に想到し得たものである。

相違点Bについて

感知重りを付勢する付勢手段の付勢力は、感知重りが移動して発火要素を発火させるときの衝突での衝撃の最低の大きさを決定するものであり、同時に車両の衝突時に保護動作を開始する衝撃の最低の大きさを決定するものであって、乗員保護及び不必要な保護動作の回避の観点で従来より適宜選択されていることは周知の事項である(特開昭57-813号公報、特公昭52-13104号公報)から、感知重りを付勢する付勢手段の付勢力を低バイアスとし、比較的低Gで感知重りが移動するようにしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。

そして、第1発明によって得られる効果は、引用例1、2及び前記本願出願前周知の事項より当業者が容易に予測することができる程度のものである。

Ⅳ. 次に第2発明と引用例1に記載されたものを対比すると、両者は、

バネ(スプリング47)付勢の感知重り(重錘40A)を有する膨張性空気バッグ拘束システム(エアバッグ装置)用の機械式センサ(起動装置5、20)であって、加速に応答する感知重り(重錘40A)と、前記感知重り(重錘40A)を付勢し、前記感知重り(重錘40A)が所定レベル以上の加速度で付勢力に対抗して移動しうる付勢手段(スプリング47)と、前記感知重り(重錘40A)の所定の移動に応答する着火手段(撃針50)と、前記着火手段(撃針50)で起動されて、前記空気バッグ(エアバッグ1)を膨張させる雷管(雷管60)とを備えた点で一致し、

第2発明では、機械式センサが非破壊領域に取り付けられるのに対して、引用例1にはセンサの取り付け位置については記載されていない点(以下相違点Cという)、

付勢手段の付勢力を、第2発明では、前記感知重りが7Gより小さい所定レベル以上の加速度で移動しうるようにしたのに対して、引用例1に記載されたものでは、感知重り(重錘40A)が衝突時の衝撃の大きさを検出して移動する程度のものである点(以下相違点Dという)で、相違する。

そこでこれらの相違点について検討する。

相違点Cについて

引用例2の検出器46も第2発明の機械式センサと同様に膨張性空気バッグ拘束システム(エアバッグ式安全装置)用の機械式センサであって、また自動車のハンドルは自動車の衝突時の非破壊領域にあるものと認められるから、膨張性空気バッグ拘束システム用の機械式センサを車両の衝突時の非破壊領域に取り付ける点が引用例2に記載されているものと認められるので、機械式センサを車両の衝突時の非破壊領域に取り付けることは当業者が容易に想到し得たものである。

相違点Dについて

感知重りを付勢する付勢手段の付勢力は、膨張性空気バッグ拘束システムによる保護動作を開始する衝撃の最低の大きさを決定するものであり、不適切に大きな値が選択されれば乗員の十分な保護が得られないこと、また乗員保護及び不必要な保護動作の回避の観点で従来より適宜選択されていることは周知の事項である(特開昭57-813号公報、特公昭52-13104号公報)から、付勢手段の付勢力を、感知重りが7Gより小さい所定レベル以上の加速度で移動しうるようにしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。

そして、第2発明によって得られる効果は、引用例1、2及び前記本願出願前周知の事項より当業者が容易に予測することができる程度のものである。

Ⅴ. 次に第3発明と引用例1に記載されたものを対比すると、両者は、

センサ(起動装置)のためにバイアスを形成する手段(スプリング47)と、前記センサ(起動装置)を速度変化に応答させる手段(重錘40A)と、所定以上のバイアスレベルが所定時間持続することを要求する手段(重錘40Aの外周、解除凹部49及び規制アーム部75)とを備えたセンサ(起動装置)である点で一致し、

第3発明では、センサが乗客区画に取り付けられるのに対して、引用例1にはセンサの取り付け位置については記載されていない点(以下相違点Eという)、

センサのためにバイアスを形成する手段のバイアスの大きさが、第3発明では、低バイアスであるのに対して、引用例1に記載されたものは、速度変化に応答させる手段(重錘40A)が衝突時の衝撃の大きさを検出して移動する程度のものである点(以下相違点Fという)で、相違する。

そこでこれらの相違点について検討する。

相違点Eについて

引用例2の検出器46も第3発明のセンサと同様に速度変化に応答するセンサであって、また自動車のハンドルは自動車の乗客区画にあるものと認められるから、速度変化に応答するセンサを乗客区画に取り付ける点が引用例2に記載されているものと認められるので、センサを乗客区画に取り付けることは当業者が容易に想到し得たものである。

相違点Fについて

速度変化に応答するセンサのために形成するバイアスの大きさは、センサが応答する速度変化の最低の大きさを決定するものであり、センサによって得られる情報をいかなる用途に利用するかに応じて適宜決定されることは技術常識であるから、センサのためにバイアスを形成する手段のバイアスの大きさを低バイアスとしたことは、当業者が容易に想到し得たものである。

そして、第3発明によって得られる効果は、引用例1、2に記載されたものから当業者が容易に予測することができる程度のものである。

Ⅵ. 以上のとおりであるから、第1発明、第2発明、第3発明は、本願出願前日本国内において頒布された引用例1および引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年11月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例